大阪高等裁判所 昭和46年(う)1050号 判決 1972年3月30日
本籍
神戸市東灘区本山町森字天神町七番地
住居
右同所
会社役員
(協同ベニヤ(株))
菅原一郎
大正六年五月一七日生
右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和四六年六月二五日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、検察官から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。
検察官 田村進一郎 出席
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、検察官吉永透作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人笠松義資、同大槻竜馬連名作成の答弁書及び答弁補充書各記載のとおりであるから、これらを引用する。
検察官の論旨は、原判決が被告人を罰金刑に処したのは、量刑著しく軽きに失し不当である、というのである。
よって、記録及び当番における事実調べの結果を精査して考察するのに、本件は、被告人が代表取締役である協同ベニヤ株式会社の法人税確定申告に際し、被告人が同会社経理部長藤井元博らと共謀の上昭和四一年四月一日から同四四年三月三一日までの三事業年度にわたって合計三七〇、二八八、九一一円に上る所得を秘匿し、これに対する法人税合計一二九、五八八、八〇〇円を逋脱した事案であって、逋脱税額が高額であり、被告人が右会社の代表取締役としてその業務全般を統括し、将来の不況時に備えて資産を公表分以外に別途蓄積しておくため、所得の秘匿を企て、左藤井元博と協議のうえ、前記三事業年度の毎決算期に実所得中から申告すべき額と含み資産とすべき額を分別決定し、同人をして本件不正行為を行わせていたもので、細部の実行行為は藤井が行なっていたものの、決定権は被告人が有していたこと、ならびに本件のうち原判示第二事実のたな卸原材料の一部除外については仮装売上、仮装仕入の操作に協力するよう関係者樋谷義人に対し被告人自らが直接依頼する行為にも及んだこと等の諸点は検察官指摘のとおりであると認められる。
然しながら、他面各犯行とも総所得額に対する申告額の比率が比較的高いこと、本件検挙後更正決定を受けて重加算税、延滞税等を含む巨額の税金を完納しており、被告人に改悛の情が顕著に認められ、前記会社の経理態勢も改善されていること等の情状も原判決説示のとおりであると認められるほか、被告人の経歴、業界における従来の貢献度、信用度ならびに家族関係等に徴すると、本件以外の面では被告人が有能かつ善良な社会人として酌量すべき点が多々あることも否定できないところであって、以上の被告人に有利な事情も軽視できないところであり、検察官指摘の前記諸点を念頭に置き、かつ検察官及び弁護人らの各所論にかんがみ同種事犯に係る他事件との量刑の均衡に留意しても、被告人を罰金刑に処した原判決の量刑は、必ずしも軽きに失し不当であるとは断定できないと考えられる。
従って、原判決の量刑を不当として非難する検察官の主張は支持しがたく、本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法三九六条により、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三木良雄 裁判官 木本繁 裁判官 金山丈一)
右は謄本である。
同日同庁
裁判所書記官 武下博文
控訴趣意書
菅原一郎
法人税法違反
右被告人に対する頭書被告事件につき、昭和四六年六月二五日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、検察官から申し立てた控訴の理由は、左記のとおりである。
昭和四六年一〇月四日
大阪地方検察庁
検察官検事 吉永透
大阪高等裁判所 殿
記
原判決は、
被告人は、大阪市住吉区釜口町四〇番地に本店を置き、ベニヤ板・化粧合板の製造販売等を業とする協同ベニヤ株式会社の代表取締役としてその業務全般を統括しているものであるが、右会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、同会社の経理部長藤井充博らと共謀のうえ、
第一、同会社の昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までの事業年度において、その所得金額が二三五、八四四、七一四円、これに対する法人税額が八〇、七九七、三〇〇円であるにもかかわらず、公表経理上売上の一部を除外し、架空仕入を計上し、かつ、たな卸原材料の一部を除外するなどの不正行為により、右所得金額中一四〇、〇〇一、五五五円を秘匿したうえ、昭和四二年五月三一日大阪市住吉区住吉税務署において、同署長に対し、右事業年度の所得金額が九五、八四三、一五九円、これに対する法人税額が三一、八〇一、五〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、よって、同年度分の法人税四八、九九五、八〇〇円を免れ、
第二、同会社の昭和四二年四月一日から昭和四三年三月三一日までの事業年度において、その所得金額が一五八、八〇五、八一九円、これに対する法人税額が五三、七二五、二〇〇円であるにもかかわらず、公表計理上たな卸の原材料について、その一部を除外し、かつ、不当な評価減を行なうなどの不正行為により、右所得金額中八二、九六一、二二六円を秘匿したうえ、昭和四三年五月三一日前記住吉税務署において、同署長に対し、右事業年度の所得金額が七五、八四四、五九三円、これに対する法人税額が二四、六九三、八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、よって同年度分の法人税二九、〇三一、四〇〇円を免れ、
第三、同会社の昭和四三年四月一日から昭和四四年三月三一日までの事業年度において、その所得金額が二九二、二二二、三一八円、これに対する法人税額が一〇〇、二二五、一〇〇円であるにもかかわらず、公表経理上売上の一部を除外し、架空仕入を計上し、かつ、たな卸原材料の不当な評価減を行なうなどの不正行為により、右所得金額中一四七、三二六、一三〇円を秘匿したうえ、昭和四四年五月三一日前記住吉税務署において、同署長に対し、右事業年度の所得金額が一四四、八九六、一八八円、これに対する法人税額が四八、六六三、五〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、よって同年度分の法人税五一、五六一、六〇〇円を免れ
たものである。
との公訴事実と同旨の事実を認定しながら、検察官の懲役一年六月の求刑に対し、被告人を罰金三六〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは金一万円を一日に換算した期間労役場に留置する旨言い渡したが、右は、本件事案の罪質、諸般の情状に照らすと、被告人を罰金刑に処した点で、量刑著しく軽きに失し、不当であるから、とうてい破棄を免れないと思料する。
以下、その理由を開陳する。
一、本件は、協同ベニヤ株式会社の三事業年度にわたる合計一二九、五八八、八〇〇円にのぼる多額の法人税脱税事件であって、被告人は同会社の最高責任者として、右違反行為を敢行したものであるから、その責任はきわめて重大である。
すなわち、本件は、原判決の認定するとおり、協同ベニヤ株式会社の法人税の申告にあたり、昭和四一年四月一日より同四四年三月三一日までの三事業年度にわたって合計三七〇、二八八、九一一円にのぼる所得を秘匿し、これに対する法人税合計一二九、五八八、八〇〇円を逋脱した事案であって、逋脱税額においては、これまで大阪地方裁判所で判決のあった法人税法違反事件(別紙判決結果一覧参照)のなかでは最高に近く、全国的にみても例が少ないほど多額の脱税事件である。
しかして、被告人は、右会社の代表取締役として、その業務全般を統括しているところから(法人登記薄謄本、記録一、一四〇丁裏、被告人の検察官に対する供述調書、記録一、二〇八丁表、一、二〇九丁表)将来の不況時に備えて資産を別途蓄積しておくため、所得の秘匿を企図し、同会社経理部長藤井充博と協議のうえ、毎決算期に、実所得中から申告すべき額と含み資産とすべき額を決定し、同人をして本件不正行為を行なわせていたものであって、細部の不正行為は同人が行なっているとはいえ、その決定権は被告人が有していたことが明らかであり(収税官吏の藤井充博に対する質問てん末書、記録一七四丁裏、一七五丁裏、一七六丁表、右藤井の検察官に対する供述調書、記録二六四丁裏ないし二六七丁裏、収税官吏の被告人に対する質問てん末書、記録一、一九二丁表、被告人の検察官に対する供述調書、記録一、二一四丁表裏、一、二一五丁裏ないし一、二一七丁表)、本件犯行の最高責任を、被告人が負うべきものであることは論をまたないところである。
加うるに、本件不正行為のうち、昭和四三年三月期において行なわれたたな卸原材料の圧縮に当たっては、決算期近くに仕入れた原材料(仕入価格一八〇、九八〇、一六二円)を期末に株式会社岩倉組に八七、四二八、四二九円で売却したように仮装売上を計上して期末たな卸材料を圧縮し、翌期に入って間もなくこれを右岩倉組から桶辰商事株式会社を通じ九〇、四四八、七四三円で仕入れたように装い巧妙な手段を弄しているのであるが(収税官吏の蛯原理和に対する質問てん末書、記録一一一丁表ないし一一三丁表、昭和四六年押第三〇五号符八号の原木出入帳、河上義次作成「元帳」、記録六三四丁表ないし六三七丁表)、右仮装売買を行なうに当たっては、被告人自ら同年二月ころ、協同ベニヤ株式会社社長室において、右桶辰商事の代表取締役桶谷義人に対し、「当社の利益を少なくするため、岩倉組より架空仕入を立ててあなたの会社で架空の売上を計上してもらいたい。」などと申し入れ、同人に右趣旨にそった協力をさせるなど卒先して直接不正行為を行なっており(収税官吏の桶谷義人に対する質問てん末書、記録一〇〇丁裏)、本件において被告人の果たした役割は単なる最高責任者としてのそれにとどまらず、よりいっそう重大なものであることを示している。
二、原判決が説示する罰金刑選択の理由は、いずれも相当でなく、本件は懲役刑をもって処断すべきである。
原判決は、罰金刑選択の理由として、まず総所得額に対する申告額の比率(以下申告率という。)が比較的高いことを挙げている。ところで本件についての申告率は三事業年度を平均して四六・一パーセントであり、同種事件の中には、本件よりもはるかに低い申告率のものがかなりあることは否定し得ない事実である。しかし、本件のような巨額の脱税事件にあっては申告率が四六・一パーセントというのは決して高い申告率とはいえないのみならず、そもそも法人税法は納税義務者による総所得の申告を義務づけており、逋脱税額の多寡が国家の課税権に対する侵害の度合を示すものにほかならないのであるから、申告率が比較的高いことが直ちに犯情を大きく左右するものとは考えられないのである。次に、本件により更正決定を受けて重加算税、延滞税等を含む巨額の課税を完納していることを挙げているが、これは、法律上当然の処分を受け、その処分に従って履行すべき義務を果たしたものにすぎないのみならず、この種事犯はほとんど本件同様重加算税延滞税等を含む多額の税金を完納しているのが常であるから、このことをもって本件に特有の有利な情状とすることはできない。さらに、前記協同ベニヤ株式会社の経理態勢の改善を挙げている点に至っては、本来のあるべき姿に戻ったにすぎず、とうてい有利な情状とは理解し得ない。また、被告人の経歴、業界における貢献度、信用度ならびに家族関係等の情状の点についても、他の同種事件の多くにみられる一般的な情状にすぎないのであって、本件についてのみ特段に配慮されなければならない情状とはとうてい考えられない。
以上原判決の説示する理由をもってしては、本件が巨額の脱税事件であること、行為者としての被告人の責任が重大であることなどからみて、罰金刑をもって処断するのが相当であるとはいい得ず、他に特に酌量すべき事由のない本件にあっては、当然のことながら被告人に対し懲役刑をもって臨むのが相当である。
三、被告人を罰金刑に処した原判決は、他の同種事件の刑との均衡を失し不当である。
最近の大阪地方裁判所における法人税法違反事件の判決結果をみると、別紙判決結果一覧表のとおりである。これによれば、昭和四二年四月以降四六年六月までに言い渡された法人税法違反事件の判決二九件のうち行為者を罰金刑のみに処した判決は、わずかに四件で、これらは、いずれも、脱税額が一、五〇〇万円前後の比較的軽微な事件であり、他の二五件は、脱税額が本件と比較にならないほど低いものがほとんどであるにもかかわらず、いずれも、行為者を懲役刑に処していることが明らかである(所得税法違反事件では、大阪地方裁判所において、昭和四三年四月四日、被告人貴島秀彦に対し、脱税額一六〇、一五八、〇七三円の認定をしながら、罰金二、九〇〇万円のみの言い渡しをした裁判例があるが、同事件は、本件と異なり、累進課税による高い税率の所得税法違反事件であり、かつ、同人は医師で社会保険診療報酬の必要経費につき租税特別措置法第二六条第一項を適用しないで、これより低い率の経費を算出計上していたことなどの特殊な事情が認められるので、これを先例とすることは相当でない。)
したがって、過去において、行為者が懲役刑に処せられた多くの同種事件よりも、はるかに多額で大規模な脱税事犯を犯した本件被告人に対し、前記のとおり酌量すべき特段の事由もないのに懲役刑に処さないで、罰金刑のみに処したことは、罰金額の多少を論ずるまでもなく、右の多くの同種事件の刑との均衡を失し、その不当であることは、きわめて明らかである。
以上述べたところにより明らかなように、被告人に対し罰金刑を選択した原判決は量刑著しく軽きに失し不当であるから、原判決を破棄のうえ、適正な裁判を求めるため、本件控訴に及んだ次第である。
別紙 判決結果一覧表
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